なぜ私はバテリアで常にフルパワーで叩くのか
常にフルパワーで叩く私
バテリアで演奏するとき、私は基本的に常にフルボリュームで叩きます。なぜか?
それは単に「大音量が好きだから」ではありません。
ブラジルでの経験や師匠からの教えを通じて、必要に迫られてそういうスタイルになりました。
1. みどりさんの一言:「音が小さい」
藝大サンバの仲間内では、それなりに叩けるつもりでいました。
しかし初めて翁長さんにヘピを見てもらった際、返ってきたのは「音が小さい」のひと言。
そこで初めて、自分の音量基準が根本的に甘かったことに気づきました。
2. ブラジルで痛感した“スケールの違い”
翁長さんの紹介でÁguia de Ouroに参加した際、自分の音は全く聞こえず、隣の14歳の少年のカイシャばかりが響いてきました。
スケールが根本的に違う。
Porto Ricoでアタバキを叩いたときも同様で、自分の存在意義を疑うほど、周囲の音量とダイナミクスは圧倒的でした。
15歳くらいの少年が当然のようにアタバキを雷のような音量で鳴らします。
この体験から、「自分が思う“強く叩く”は、ブラジル基準では話にならない」という容赦ない事実を突きつけられました。
3. 屋外演奏は“反射”がない
室内だと壁の反射でそれなりに鳴っているように錯覚します。
しかし屋外だとその反射がなくなり、一気に音が消えます。
パレード本番は基本的に屋外ですね。
つまり練習時に「これくらいで十分」と思っている音量は、本番ではかなりスケールダウンします。
屋外で音量が物足りないバテリアは悲しい。
4. 音量ではなく“音色”が変わる
弱く叩いた音と強く叩いた音は、単に大きさが違うだけではなく、音色自体が別物です。
歩いている映像を早送りしても“走っている映像”にはならないように、強打の音色は弱打の音色の延長線上にはありません。
ブラジル音楽はリズムやフレーズが語られがちですが、その土台になっているのは 一打一打の音色 です。
音階が弾けなければ曲が弾けないのと同じで、音色が作れなければリズムは成立しません。
5. 本番で大きな音を出すには、普段から出すしかない
「本番だけ頑張って大きく叩けばいい」という考え方もありますが、練習でやっていないことは本番ではできません。
特に普段フルパワーで叩いていない人が急に本番で出すと、大抵は「走る・ブレる・スタミナ切れ」の三重苦になります。
6. “限界値”を上げるために叩き続ける
大きな音は、筋力ではなく技術・脱力・楽器理解から生まれます。
しかしその「脱力」をつかむには、一度は限界まで力任せに叩き、壊れる経験も必要だと私は考えています。
毎回フルパワーで挑戦することで、自分の限界値が徐々に引き上がり、長い時間大きな音を余裕をもって出し続けることが可能になります。
この余裕があって初めて、一歩踏み込んだ「音楽的表現」に繋がると思います。
7. まだまだ修行中
私自身、まだまだ道半ばです。
ブラジルでも日本でも諸先輩方の胸を借り、「ああ、俺まだまだ太鼓鳴らせてないな…」と日々痛感しながら、一打一打の試行錯誤を続けています。

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